皇室菩提寺 御寺泉涌寺を護る会

皇室の御菩提所
御寺泉涌寺を護る会

弊社代表取締役 白井常雄は、「御寺泉涌寺を護る会」の理事を30年以上務めております。

泉涌寺総会写真1
「御寺泉涌寺を護る会定期総会」にて、秋篠宮文仁親王殿下ご夫妻を中央に。最前列左端に着席する、白井常雄

御寺泉涌寺

京都の東山三十六峰の南端近い月輪山の麓に静かにたたずむ泉涌寺。皇室の御香華院(御菩提所)で広く「御寺」として親しまれている泉涌寺は、天長年間に弘法大師がこの地に庵を結んだ事に由来します。法輪寺と名付けられた後、一時仙遊寺と改称されましたが、順徳天皇の御代(建保6年・1218)に泉涌寺の開山と仰ぐ月輪大師俊 が時の宋の法式を取り入れてこの地に大伽藍を営み、寺地の一角より清水が涌き出た事により寺号を泉涌寺と改めました。この泉は今も枯れる事なく涌き続けています。
その格調高い境内の奥に霊明殿という檜皮葺の荘麗な御堂があり、ここに天智天皇から昭和天皇までの御歴代天皇、皇后、宮様方の御尊牌(御位牌)、御尊像、御宸影等が奉祀され、毎月の御命日やお彼岸・お盆等には御法要が行われ、また日々の御回向が続けられております。
皇室との関係は非常に深く、霊明殿内部の荘厳具は明治天皇以降の御皇族から御贈進されたものであります。
全山木々に包まれた境内は、春の新緑、秋の紅葉には一段とその美しい姿を映えさせており、一種別天地の雰囲気を醸し出しております。

泉涌寺総会写真2
写真中央 秋篠宮文仁親王殿下の後々列に弊社 白井常雄

御寺泉涌寺を護る会

御寺泉涌寺は、皇室の御菩提寺として皇室より特別の尊崇と御帰依をいただき、従って寺内諸堂・諸建造物の営繕修理は全て宮内庁において実施され、日常の経費も御尊牌奉護料として下賜されておりました。
ところが昭和二十年の終戦、新憲法の施行に伴い宮内庁が泉涌寺に国費を支出することが出来なくなりました。それ以来、泉涌寺自体で全てを護持することになりましたが、何分由緒ある御寺でありますために、尊厳を保持しながらの護持は非常に困難な様子に見受けられ、茲に志を同じくする者が結集して、昭和四十一年五月、三笠宮崇仁親王殿下を初代総裁として、「御寺泉涌寺を護る会」が設立されました。
御寺泉涌寺の護持を致すと共に、佛教を厚く信仰されました御歴代天皇の和と慈悲の大御心を広く宣揚し、世界平和・万民豊楽のために活動いたしております。
平成八年十月、創立三十周年の記念すべき節目に、秋篠宮文仁親王殿下を第二代総裁に仰ぎ、新たな出発をいたしております。